1.はじめに

 カーボンニュートラルの実現は,全世界が協力して解決しなければならない人類の課題であり,科学的検証が進むにつれ,その緊急性は高まってきています.こうした状況に鑑み,本アピールは,プラズマ・核融合学会として,これまで以上にカーボンニュートラル実現に向けた取組みを強化していくことを宣言するものです.プラズマ・核融合研究分野は,二酸化炭素(CO2)を排出しない核融合発電の実現だけではなく,プラズマを用いた様々なプロセスを利用したCO2抑制技術など,カーボンニュートラル実現に係る課題解決に向けて大きなイノベーションを創出することができます.本学会は,当該分野がカーボンニュートラル実現に向けて大きな役割を担い,その実現に貢献できる高いポテンシャルを有していることを広く社会に示し,それに対する学会としての支援活動をさらに強化していきます.

2.2050年カーボンニュートラル実現へ向けた核融合エネルギー研究

 二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの増大による地球温暖化は,人類が直面する地球規模の課題として,その防止へ向けた取り組みが現在,全世界的に進められています.2021年1月にイギリスで開催された国連の気候変動対策の会議COP26において,世界の平均気温の上昇を産業革命前から1.5度に抑えることが世界の共通目標になり,各国でそれに向けた対策が講じられています.我が国でも,2020年に当時の菅首相が2050年までにカーボンニュートラル,即ち,脱炭素社会の実現を目指すことを宣言し,岸田首相は,COP26において,2030年度の温室効果ガス排出量の2013年度比46%削減を日本の目標とすることを表明しました.そして,202年1月の施政方針演説では,カーボンニュートラルの実現へ向けた具体的な方策として「クリーンエネルギー戦略」を掲げ,その中で核融合に言及して,新たなイノベーションとしての期待を示し,現在,核融合戦略の策定に向けた議論が内閣府で進められています.


 核融合エネルギーは,CO2を排出せず,燃料資源がほぼ無尽蔵で,安全性の確保されたエネルギー源であり,それを実用化することは,カーボンニュートラルの恒久的な実現をエネルギー生成の観点から可能とします.そのため,今,核融合エネルギーはCO2を排出しない基幹エネルギー源として,カーボンニュートラル実現へ向けて主要な役割を果たすことが期待され,注目を集めています.


 1950年代後半に開始された核融合開発研究は,数々の困難な課題に直面するなど,その進展は必ずしも順調ではありませんでしたが,学術研究と開発研究を車の両輪として困難な状況を解決して,核融合炉で必要とされるプラズマ閉じ込め性能の目安である臨界プラズマ条件を達成し,持続的な核融合エネルギー発生に必要な1億度を超える高温プラズマの安定保持を実証するなど,プラズマの生成・制御技術を進歩させてきました.現在,日欧をはじめとする7つの国と地域の国際協力によるITER事業において,2035年に50万kWの核融合出力を発生させる計画が進められており,国内では,世界最大の超伝導核融合実験装置であるJT-60SAの運転が本年中に開始される予定です.そして,2040年代に核融合発電を行う原型炉を建設して,今世紀中葉に実用化を目指す計画を我が国のロードマップとして策定し,それに基づいて研究開発を進めているところです.


 現在,プラズマ・核融合研究分野では,カーボンニュートラルの2050年実現への直接的な貢献を目指して,学術研究と開発研究が一体となって,核融合エネルギー研究開発の加速を検討しています.そのためには,研究開発に対する政策的投資の増加が必要です.また,核融合エネルギーの早期実用化に向けて,社会実装,産業化への検討も研究分野として進めており,核融合産業の創出を目指したベンチャー企業の立ち上げ等に対する社会からの支援も必要です.プラズマ・核融合学会では,プラズマ・核融合研究における学術発展とともに,広く社会にその計画や成果を発信し,将来の地球環境を維持し,安心安全で持続可能な社会の実現に向け,研究成果の社 会実装とその普及に向けた活動を展開していきます

3.プラズマ・核融合研究分野としての貢献

 核融合エネルギー開発はカーボンニュートラル実現に対する直接的な貢献ですが,プラズマ・核融合研究分野全体においても,カーボンニュートラルの諸課題の解決に向けて大きなイノベーションが期待できます.核融合の研究開発により培われた超伝導技術は,電力システムや交通システムなどの省エネルギー化に大きなイノベー ションを引き起こし,カーボンニュートラル実現に貢献します.同様に,核融合の燃料である水素の取り扱い技術,水素製造技術,大型超伝導システムにおける極低温技術による水素の貯蔵・輸送技術など,水素社会の実現へ大きく寄与します.


 プラズマ・核融合研究分野は幅広いプラズマを対象としており,低温プラズマ研究からは,半導体の省エネルギーデバイス等の加工・プロセス技術などを通じて,また,大気圧プラズマ研究からは,プラズマ化学プロセス技術を通じて,カーボンニュートラル実現に貢献します.こうしたプラズマ応用技術は,熱プラズマプロセスによるメタンからの水素製造,プラズマ触媒によるCO2を低減した物質合成・処理等のイノベーションを創出し,カーボンニュートラルの実現に大きな貢献を行います. このように,プラズマ・核融合研究分野は,核融合エネルギーの実用化そのものが直接的にカーボンニュートラル実現に大きな貢献をすることが期待されるとともに,その研究開発により生み出された技術のスピンオフや,プラズマの学術的知見により発展したプラズマの応用研究開発も,CO2低減プロセス,脱炭素社会,省エネルギーシステム構築等を通じて,カーボンニュートラルの実現に向けたイノベーションに中心的な役割を果たすことが期待されます.

4.学術界の役割と貢献

 一方,2050年カーボンニュートラルの実現には,エネルギー生成のみならず,建造物,運輸・交通,産業など,生産活動や生活様式などを含む,社会・経済活動のあらゆる部門において温室効果ガスの排出削減策の導入が必要です.そのためには,産業構造のみならず広範囲な社会全体の変革と改革が必要であり,それを可能とするには,関連する科学技術の発展と対応する投資が欠かせません.このように,カーボンニュートラルの実現には,幅広い分野の科学技術の革新・普及と,それを実行する広範な政策導入が求められています.


 この地球規模の課題解決に向けて,学術界の果たす役割は非常に大きく,多くの学協会や学術団体がカーボンニュートラルの取組みを表明しています.2050年カーボンニュートラル実現に向けた諸課題に対して,それぞれの学術分野では,その特性を適用・発展させて科学技術イノベーションを引き起こし,必要な技術を確立することにより個々の課題解決に貢献できることをアピールしています.こうした学術の各分野における専門知とその統合により,学術界として広く社会にその計画や成果を発信し,実装,普及していくことが,カーボンニュートラルの実現に向けて求められています.

5.プラズマ・核融合学会としての取り組み

 プラズマ・核融合学会は,プラズマに関連する広範な学術領域を共通基盤として,核融合エネルギーの実現をめざした研究活動を中核に,宇宙プラズマ,材料科学,生命科学等の分野に拡がりを持つ,基礎研究から応用・開発研究にわたる幅広い研究活動を行う「プラズマ・核融合分野」の研究者コミュニティとして活動しています.そのため,カーボンニュートラル社会の実現に対して多岐にわたる貢献を行うことができます.


本学会は,カーボンニュートラル実現に向けて,これらの学術研究,開発研究,技術開発等から得られた知見の統合を促進し,産業化,社会実装等への展開を支援します.また,産業界も含めた情報交換の機会を創出し,広く社会にその成果を発信します.同時に,2050年カーボンニュートラルを実現するためには,関連する研究開発を学術として確立することが重要であり,それを推し進める熱意のある人材を,世代を超えて育成することに積極的に取り組みます.


カーボンニュートラルは,決してプラズマ・核融合分野のみで解決できる課題ではなく,人文・社会分野も含めて,広範な学術分野が関係しています.各分野がそれぞれ関与する具体的な貢献,取組み等に関する情報交換を関係学協会と行うなど,幅広い分野と横断的連携を図り,それぞれの基本的な科学的知見を共有し,情報発信や社会との対話を行うことを通じて,カーボンニュートラル実現へ向けた学術界からの貢献の一翼を担います.


本学会ではタスクフォースを立ち上げて,こうした様々な取組みを推進し,カーボンニュートラル実現に貢献するプラズマ・核融合研究分野における学術活動を多岐にわたりサポートします.

6.まとめ

カーボンニュートラル実現へ向けたプラズマ・核融合研究分野の役割と貢献をプラズマ・核融合学会として広 くアピールします.


・核融合エネルギーの実現は,カーボンニュートラルの実現に中心的な役割を果たし,その恒久的な持続に大きな貢献をします.


・カーボンニュートラル社会の実現には核融合エネルギーの実用化が不可欠です.民間力も活用した世界的な研究推進の流れの中で,我が国でも研究開発をさらに加速する必要があり,政策的支援が求められるとともに,その産業化へ向けてベンチャー企業の育成などの社会的な支援が必要です.


・加えて,核融合エネルギーの開発研究により創出された技術や幅広いプラズマ研究から得られた知見は,カーボンニュートラルの実現に貢献する技術として多くのイノベーションを引き起こすことが期待されます.


・プラズマ・核融合学会として,カーボンニュートラル実現へ向けた当該研究分野の進展に向け,情報交換の機会を創出して,産業化,社会実装等への展開を支援し,広く社会にその成果を発信し,世代を超えた人材育成に貢献します.


・プラズマ・核融合研究分野はカーボンニュートラルの実現に向けて尽力します.国,産業界,国民の皆様におかれましては,当該分野の役割と貢献をご理解いただき,一層のご支援をお願いします.