未来の女性研究者らへのメッセージ(2)
加藤隆子(核融合科学研究所名誉教授)

★物理に憧れて
 私は幼い頃は小説が好きで、本をよく読んでいました。理科にも関心はありましたが、将来は小説家になりたいと思っていました。ところが小学5年の時、ジョージ・ガモフの「1,2,3,....無限大」という本*1を読み、物理の虜になりました。時間とは何か、空間とは何か、光と同じ速度で走ったらどうなるか、などなど。それ以来物理に憧れて、物理の研究をしたいと思う様になりました。ガモフは多くの啓蒙書を書いています。皆さんもぜひガモフの本を読んでみてください。

★高温プラズマ中の原子過程
 大学院時代は、X線天文学の分野でX線を出す星について研究をしていました。夜空の星は目で見える可視光を出して光っていますが、X線も出しているのです。星のX線の発生機構の主なものに、高温プラズマがあります。高温プラズマからどの様なX線が出るかを研究しました。
 核融合科学研究所に就職し、大学院時代の研究の発展として、核融合プラズマからどの様な光、紫外線、X線が放射されるかの研究をしました。原子力発電は核分裂反応を使っていますが、高温プラズマを作り核融合反応を使ってエネルギーを取り出そうとするのが核融合の研究です。眩しく輝いている太陽のエネルギーの元は核融合反応です。地上に太陽の様な高温プラズマを作り核融合反応からエネルギーを作ろうというのが、核融合発電の研究です。太陽プラズマも核融合プラズマも同じ性質を持つ高温プラズマです。
 この様な高温プラズマの中には原子が電離した時にできた自由電子と電子が剥がれた陽イオンとが飛び回っています。原子の大きさは、1cmの1億分の1という小さな粒子で、私たちの目で見ることはできません。高温プラズマの中では、高速で飛び回っているイオンや電子が衝突し、様々な反応を起こします。そして衝突により光を発生し、その衝突の結果は光として観測することが出来ます。どの様な衝突が起こるのか、どの様な光が発生するのかを研究してきました。逆にプラズマからの光を観測することにより、プラズマにどの様な物質が含まれているか、温度や密度はどのくらいかなど、プラズマの状態を知ることができます。
 光の強度を定量的に調べるためには、詳細な衝突の数値データが必要です。私たちはコンピューターを通して検索できるデータベースを計算機専門家の協力をえて、世界に先駆けて作成しました。知りたい反応のデータをインターネットで検索し、比較してグラフとして見ることができるシステムを開発しました。当時としては新しいものでした。

★研究は楽しい
 研究は今まで誰もやっていないこと、誰も知らないことを解き明かす面白い仕事です。分かりきったことを学ぶ事は必要ですが、あまり面白くありません。わからないことを解明するのが面白いのです。誰もやっていない新しいことを見出して解明するのが研究です。
 科学の研究は国際的です。世界中の研究者と情報を交換し、時には共同研究をして、交流を深めています。世界の研究者と友達になれるのも、嬉しいことです。  研究というと難しいと思われるかもしれませんが、諦めないで地道にコツコツが最も必要なことです。皆さんも興味のある好きなことがありましたら、諦めないで、続けていれば、きっと道は拓けます。面白いと思ったら、とにかく飛び込んでみることです。
 物理の研究と聞くと、何か難しそうと思われるかもしれませんが、大変楽しいものです。なぜ、楽しいか?それはわからないことをああでも無い、こうでも無いと色々考え、やっと、あ!そうだ!と分かった時の喜びは何ものにも替えがたいものだからです。私は特に優秀ではありませんでしたが、とにかく研究が好きで、他の人よりは遅れていましたが、なんとか続けて楽しく研究をすることができました。多くの共同研究者の協力によって私の研究生活は続けられたとも思います。


写真:共同研究者であるロシアのサフロノヴァ博士(左)とスエーデンのエリザベス博士(右)と一緒に。二人とも今でも私の大切な友人です。(補足:中央が加藤隆子先生です)


★猿橋賞について
 猿橋賞は女性科学者の草分けである猿橋勝子先生によって創設された女性科学者に与えられる賞です(http://www.saruhashi.net)。猿橋先生については、米沢冨美子著 「猿橋勝子という生き方」(岩波科学ライブラー、2009年)、があります。大変興味深い本ですので、ぜひ読んでください。
 私は研究を終えて、夜遅く家に帰った時、整理されていない自分の部屋を眺めて、猿橋賞を受賞される様な研究者は、家もきちんとして研究もきちんとされているだろうなーと思い、私はとてもダメだろうなと思ったものです。思いもかけず猿橋賞を受賞し驚きました。共同研究者のおかげでもあると思いました。私の様な劣等生でも受賞できるのですから、皆さんも頑張れば、きっと良い結果が得られると思います。 【2020年7月】

<補足>
*1 : ジョージ・ガモフ「1,2,3,....無限大」は白揚社から日本語訳が販売されています。また白揚社ではジョージ・ガモフの書籍をシリーズとして販売されていますので、興味があったらガモフの他の本もぜひ見てください。これらは有名な本ですので、図書館にもあるかもしれません。